24『フィラレスのほのかな期待』



 自分の存在が疎ましく思った時、人はどうするのだろうか?
 自分が周囲の人間にとって、何の役にも立たないと悟った時、人はどうするのだろうか?
 自分を誰も必要としないと考えた時、人はどうするのだろうか?

 そして自分が周囲の人間にとって非常に危険であると判断した時、人はどうするのだろうか?



 次の朝、カーエスは憤りを感じざるを得ない状況に立たされていた。
 昨日イナス=カラフと出会ってから、彼が探していたフィラレスと、その奔走の途中でばったり会ったリク=エールが同じところで寝ており、どう見ても一夜を共にしたとしか思えない状況を作っていたからだ。
 フィラレスは毛布の中、リクは座ったまま近くの塀にもたれて寝ており、一線を越えた気配はなかったが、それでも男女が一夜を共に過ごすというのは小事では済む話ではない。
 無論、昨日のリクとカーエスの立場が逆だったとしてもフィラレスは共に夜を過ごしたろうが、昨日は日が暮れるまで、今日は夜が明けてからすぐ探しに走っていたカーエスの頭はそこまで冷静にものは考えられなかった。

「おんどれは何やっとんね〜んっ!」と、小さな寝息を立てて眠っているリクに飛び蹴りを入れようとするが、その足は当たる直前にリクの手の平に収まった。

「……何すんだよ」

 半分寝ぼけ眼でリクが口を尖らせる。

「ナニも、カニもあるかい! こりゃどういう事やねん!」と、毛布に包まって寝息を立てているフィラレスを指差す。
「ああ、これか?」と、リクはかいつまんで事情を説明した。

「だから、そうやかましくしねーで、もう少しフィリーを寝かせてやれ」
「ホンッ……マに何もなかったんやな?」
「本っ……当に何もなかったんだよ!」と、少し意地になって言い返したが、その後、リクはニヤッと笑った。

「そうか、そういう事か」
「何を一人で納得しとんねん」と、カーエスがリクの様子に眉をしかめる。
「いや、お前が何でそんなに怒ってんのかって事だよ」

 その意味深長な言葉と、にやけた目つきでカーエスは彼が何を言わんとしているかを理解した。

「な、何を……!?」言い返そうとすると、不意にリクがその視線を、彼の背後に移した。

 カーエスが後ろを向くと、フィラレスが目を覚まし、体を起こしていた。不意に目が合い、彼は元々赤かった顔がもっと赤くなる。
 何故カーエスがここにいるのか解らない為か、彼女は少し首をかしげてみせた。それを全く別の意味にとったのか、カーエスは意味のない動作をくり返し、必死で弁明らしきものを行った。

「ちゃ、ちゃうんや……! フィリー…あの…そのやな……リク! おんどれも何とか言わんかい!」

 一言目から言葉に窮したカーエスがその後ろで笑いが漏れるのを必死で堪えているリクに向き直って詰め寄る。

「い、いや、お前……ぷっく……ははははは!」と、何とか言ってやろうと口を開いた途端に、今まで口でせき止められていた笑いが一気に漏れだし、リクは大笑いした。
 ひとしきり笑って、やっと収まってきたリクはようやく話を切り出した。

「お、お前、確か…」
 収まってきたとはいえ、少し油断したらまた笑い出しそうで、彼の口調はかなり変わったものになった。
「ふぃ、フィラレスを、さ、探してるんじゃ、な、なかったっけ? ぷっ…はははは!」言い終えると、堰を切ったようにまた笑い出す。

 リクとは対照的にカーエスは本来の目的を思い出した。

「あ、せやっ! フィラレス、ちょい話があるんや」
 そして、笑い転げているリクの方を見る。

 それに気付いたリクは、「あ、ああ、わ、分かってる、分かってる。くくく…お、お邪魔虫は……た、退散するよ。ぷぷ……い、いつま、でも、一緒、に、くくく、いるわけには…いかないしな」と、何とか答え、荷物をまとめて肩に担いだ。
 その頃には、笑いが収まっており、リクはフィラレスに手を上げて、「じゃ、またな。何とか頑張れよ」と、笑いかけた。フィラレスも、こくりと頷いて答える。

 リクが去った後、カーエスはフィラレスに向き直った。
 フィラレスも、カーエスの方を向いたが、さっきまでのひょうきんな雰囲気は吹き飛んだ真剣な表情だったので、何事かと目を少し大きく見開いた。

「フィリー、ええか、よう聞けよ。お前の“滅びの魔力”を狙うた奴がこの大会に入り込んどる。で、そいつらは無茶苦茶強い。俺でも多分勝たれへん。
 でもカルク先生とか、お前のマーシア先生なら何とかしてくれる。だから今から探さなあかん。でも、二手に別れるんやない。俺と一緒に、や。もし見つかってしもうた時、俺が足止めしたる。お前はその間に逃げて今度は一人で先生探すんや」

 だがフィラレスは何の反応も示さなかった。頷かなければ、不安を見せる様子もない。ただ黙って、カーエスの話を聞いている。

「フィリー?」

 彼女があまりにも無反応なので、呼び掛けてみる。
 すると、フィラレスは一歩カーエスに歩み寄った。その予想もしない行動にどぎまぎした次の瞬間、彼の鳩尾には彼女の拳が突き刺さっていた。
 避ける暇もなかった。

「うっ…フィリー…? な、何を…!?」

 彼は苦悶しながら、彼女の瞳を覗き見る。その瞳には今までには見たことのないくらい強い意思が宿っていた。


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 昨夜、リクは彼女と共に食事をとった後、焚き火をしたところにいつまでもいるのはまずいので、場所を変え、疲れ切っているフィラレスを眠らせた。
 彼女は多少遠慮の色を見せたものの、リクに促されるままに、毛布に包まって横になる。いつも魔力の制御には精神力を使い果たすが、昨夜は特に疲れてしまった。

 だが、彼女は眠る事は出来なかった。目を瞑っても、その目蓋の裏に映るのは昨日の事件。たまたまリクであったからよかったものの、他の人間だったら、いや、リクでもあの時の状況次第では殺してしまったかも知れない。
 たまたま事が上手く運び、リクの無事を喜んで、彼に笑顔を見せたフィラレスではあったが、その反面、強く罪を感じていた。
 無差別に人を傷付ける自分の魔力、そしてそれは決して自分を傷付けない。だが、その度に彼女は心に深く傷を重ねて行く。その傷は自分が傷付く事でしか癒されない。

 今思うと、かなり軽率な考えでこの大会の参加を決めてしまったが、その結果リクをはじめとした人たちを傷つけてしまった。
 今日、自分の魔力で吹き飛ばしてしまった男達、そして光の帯に吹き飛ばされてリクが絶体絶命の危機に陥った時の事を思い出し、彼女は毛布に包まれたその体を丸め、抱き締めた。
 その時、リクが声を掛けて来た。

「ん? 寒いのか?」と、フィラレスは不意にリクに話し掛けられた。暗いので、ジェスチャーによる返答が利かない。
 戸惑っていると、「砂漠の夜は寒いからな」と、シルエットしか見えないリクが立ち上がり、フィラレスに歩み寄って、自分が包まっていた毛布を掛けてくれた。

 呆然とリクを見つめていると、それに気付いた彼が「傷は魔法で治した。心配はいらねーよ。ほれ、早く寝ねーと明日が辛いぞ」と、元気なことを証明するかのように腕を大きく激しく動かしてみせた。
 傷付けた自分に対するリクの親切は、心の傷に塩を塗るようなものだった。
 自分など放って、罵声でも浴びせてくれればどれだけ楽だった事だろう。

 だが、フィラレスはこの大会にほのかな期待を抱いていた。
 この大会の参加者の中にならば、ひょっとして、あの光の帯達の攻撃をかいくぐり、光の衣を打ち砕いて、自分を傷付け、殺す事が出来る者がいるかも知れない、と。

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